2021-09-24

デジタル教科書とは何か(報告)教科書シンポジウム

第53回 教科書を考えるシンポジウムへの報告
デジタル教科書とは何か(レジュメ)


出版労連教科書対策部事務局長
子どもと教科書全国ネット21常任運営委員
吉田典裕

1.デジタル教科書の定義

●デジタル教科書とは何か:2018年の学校教育法等の一部改正等による制度化に伴い、文科省が定義【資料1】。これにより、「指導者用デジタル教科書」や、教科書発行者(教科書会社)が発行してきた、いわゆる「デジタル教科書」は「デジタル教科書」の定義から外れる。
●定義で注意すべき点:「デジタル教科書」とはコンテンツ(内容)のみであること。それを動かすためのOS(基本ソフトウェア)や応用ソフトウェア(アプリ)、デバイス(機器)は含まない。

2.デジタル教科書の現状

●GIGAスクール構想の前倒しで今年度から使用開始、しかし使用率は10%未満(現在はもっと上昇してい可能性あり)。【資料2】
●デジタル教科書のあり方については、中央教育審議会初等中等教育部会に「デジタル教科書の今後の在り方等に関する検討会議」を設置(2020年7月)、ほぼ毎月1回のペースで開催。今年7月末までに「最終報告」をまとめる予定。6/8付で「第一次報告」を公表。→これを中心に検討する。
●「2024年度から本格実施」の内実
・諸制度が間に合わないまま見切り発車:検定はなし(教科書発行者が紙の教科書と同一内容のものを作成しているとして)、使用義務、価格、供給体制、等々 →3年間でまずは現場に慣れさせる。
・「デジタル教科書を使え」というプレッシャーが強まるのではないか。
●デジタル教科書を発行できるのは教科書会社だけ。しかしビューア(コンテンツを見るためのソフトウェア)は統一されていない。=操作が会社によって異なる。【資料3】
●有効性の実証研究は不十分なまま
・文科省は2019年度から「実証研究事業」を行っているが、結果の評価は検討会議でもあまり議論されないまま。にもかかわらず、今年度は「普及促進事業」を実施。
・検討会議で報告された実証事例は、6校を対象に3か月間行われただけ。それも検討会議委員によるものなので、客観性に疑問あり。
・内訳は公立小学校2校(埼玉県、東京都)、同中学校1校、私立中高校1校、同高校1校で「学習者用デジタル教科書を使った授業と、紙教科書を使った授業を、同一クラス、同一教員で類似の授業で実施し、比較、検証を実施する」、特別支援学級1クラスで「特別な支援を必要とする児童に対して学習者用デジタル教科書をどのような場面で活用することが効果的であるか、観察、ヒアリング等を通して実証する」というもの。
・デジタル教科書が効果的だったという結論が最初からあったという印象を免れない。

3.デジタル教科書の機能だけでは不十分――「デジタル教材との連携」

●「デジタル教科書が備えるべき機能」【資料4】 →実際には、ほとんどの機能はすでにある。しかしまだこれで確定したわけではない(資料4下線部参照)
●デジタル教科書」とデジタル教材の異同【資料5】
・学校教育法第34条②の規定にない機能やコンテンツが加われば、「デジタル教材」扱いとなる。
・デジタル教材は学校教育法第34条④に該当。
・紙の教科書にない機能やコンテンツの例:動画、人間の音声による読み上げ、教科書に掲載されたキャラクターが動く、VR(Virtual Reality、仮想現実)、AR(Augmented Reality、拡張現実)等々。
・多くの教科書発行者はデジタル教科書単体ではなく、「デジタル教科書+教材」という形態で販売(=デジタル教科書の不十分性の証明)。
・検討会議もデジタル教科書と「デジタル教材との連携」を打ち出す。【資料6】

4.デジタル教科書をめぐる諸制度

(1)検定と教科書としての位置づけ

●「2024年度から本格導入」というが、検定は間に合わないため先送り【資料7】
●次々回検定の際には、紙の教科書同様に検定を導入する可能性大
・今のところ「使用義務」は課していないが、今後どうなるかは不明。
・紙の教科書全廃には文科省は慎重、しかし検討会議ではそのような意見が出ているとの情報あり。
●現在も、2024年度も「使用義務」はなし。しかし「全部をデジタルで置き換え」てもよい(紙の教科書と同一内容であることが根拠)。
●特別支援学校/学級では、通常学級よりニーズもあり導入が急がれる
・「障がい」別に異なる仕様が必要と思われる(視覚、聴覚、肢体不自由)が、そのようにつくり分ける人的資源(余裕)がある教科書発行者は限られる。法的整備もなされていない。

(2)配信と販売の形態

●想定される3つの配信方式【資料5、8】
●①、②の場合:教科書使用年度終了後の配信をどうするのか、検討会議で結論は出ていない(検討会議では主にライセンス期間の観点から問題提起されている)
●紙の教科書(給与)と違い,貸し出し(貸与)=要返却。端末機は私立学校では1/2(上限4万5千円)を補助(2021年度補正予算)。保護者は「端末機貸出使用確認書」などを提出。高等学校は補助対象外(BYOD方式を導入。低所得家庭は4万5千円を補助)。→各メーカーは,この額以下の機種を導入か。「安かろう悪かろう」?
●販売(購入)可能対象は学校又は教育委員会=個人では購入できない。著作権法との関係もあるので、そのことを単純に批判はできない。著作権法改正を含めた今後の議論が必要
●デジタル教科書が主流となった場合、従来の教科書供給ルート、特にインターネットに詳しくなく取り扱えない教科書取扱書店(学校の前にある文具店など)は、大きな打撃を受ける

5.諸外国のデジタル教科書の状況と日本の立ち遅れ

(1)デジタル教科書の導入と活用は世界的趨勢

●EU諸国では、ほとんどの国でデジタル教科書がすでに使われている。エストニアの例:「2008年の教育改革では、紙の教科書をすべてデジタル化することが定められた」【資料9】
●アジアでも韓国・中国・マレーシア・インドなどでは日本より普及し、活用されている
●北米やオセアニア、さらに中米諸国でも同様の傾向で、アフリカでもケニア・南アフリカなど*では、デジタル教科書の導入の流れは進んでいる
*ルワンダは「ICT立国」をめざし、JICAや日本企業(たとえば株式会社さくらなど)が支援している。ただし、管見のかぎりでは、初等中等教育レベルでは、一部で導入は進んでいるものの、まだそれほど普及しているわけではないもよう。
●このような世界的な流れと比較すると、日本のデジタル教科書をめぐる状況は、お世辞にも進んでいると言える状況ではなく、政府や経済界の焦燥とも言えるこの間の動きの背景にこうした状況があることは容易に見て取れる【資料10】
●導入されている諸国では、日本でいう「デジタル教材」の内容が含まれている。→「紙の教科書と同じ」=皮肉にも、日本の検定制度がデジタル教科書の普及の阻害要因になっている
●経済産業省が、文部科学省を叱咤・督促してICT教育導入を進めるという構図がつくられた
・「未来の教室研究会~LEARNING INNOVATION~」を立ち上げ、「提言」を行う(2018~2019年度)。「実証事業」は現在も継続中。cf. https://www.learning-innovation.go.jp/
・「個別最適化」は経産省が主導したスローガン。一方、文科省は「子供たち一人ひとりに個別最適化され、創造性を育む教育ICT環境の実現」(2019年12月、萩生田文科大臣)、「誰一人取り残すことのない、公正に個別最適化された学び」(2020年段階の諸文書)→「誰一人取り残すことのない、個別最適化された学びの実現」(検討会議「第一次報告」)と変遷。いつの間にか「公正に」が姿を消した
・同研究会の一部委員は学校解体まで論じている。最も先鋭的なのは佐藤昌宏・デジタルハリウッド大学大学院教授(同氏は企業出身)。
●経済界はさまざまなレベルでのデジタル・テクノロジーの担い手を育成する必要に駆られている。→最小限の企業負担で進めるためには学校教育を「改革」しなければならないと考えていることは容易に推測できる。経済産業省がICT教育推進で文科省より積極的な理由はここにあると考えられる。→e.g. STEAM教育(当初はScience, Technology, Engineering and Mathematics=科学・技術教育を重視するとしてSTEMと言っていたが、ひらめきや創造性を象徴する語としてArtを追加し、STEAMと変更)

(2)ビジネスチャンスとしてのデジタル教科書

●学校を市場とした企業間競争は、デジタル教科書ではなくデジタル教材で展開される。教育産業だけでなく、さまざまな企業がデジタル教材の制作・販売に参入することが予想される(すでに参入もしている)。ただしデジタル教材は、グローバルIT企業の市場としては、あまりに狭小。したがってそうした企業の「主戦場」は「学校のICT環境化」に依存することになると予想される
●国内外のさまざまな企業が、日本のデジタル化の後れと人口減少=国内市場の縮小の中で、学校を未開拓の市場=ビジネスチャンスと位置づけている(佐藤学2021、p.21以下を参照)。
・ハードウェアの販路拡大:PCメーカーなど。GIGAスクール規格の機器を、GIGAスクール構想前倒しが決定するや否やただちに売り出した(情報は事前に知らされていた?)。
・教育産業としては、ベネッセなどを挙げるだけではまったく不十分。たとえばイギリスに本拠を置くPearson(ピアソン)グループのような、ベネッセなどとは比較できないほど巨大な、メディア・コングロマリットの参入も予想される。
・GAFA(グーグル(Google)、アップル(Apple)、フェイスブック(Facebook)、アマゾン(Amazon))をはじめとするICTグローバル企業も。→ e.g. Chromebook
●したがって、デジタル教科書や「学校のICT環境化」を教育産業にとっての関心事であることを中心にとらえるのでは狭い。→「教育ITソリューション EXPO」(略称EDIX。今年は5/12~14、東京ビッグサイト青海展示棟で開催)に出展している企業を見ると、教育産業は相対的に少数で、情報・通信産業や海外の企業が多い。

6.教科書会社の動き

(1)生き残りをかけた企業間競争の激化

●2019年度の小学校教科書採択、2020年度の中学校教科書採択についての各地の教育委員会の会議録によると、QRコードの内容が充実しているか否かが、採択の要素の一つとして扱われているところもある。i.e. デジタルコンテンツは、すでに採択の際に意識されている
●「デジタル教科書を本格的に導入」することになる次回2023年度実施の小学校教科書採択(2024年度用教科書)では、紙の教科書がどれだけデジタルコンテンツとの連携が取れているかが問われることになる。→教科書会社間の競争は、デジタルコンテンツ(QRコードとデジタル教科書)をめぐって激化するだろう
●一方、前述のように、2021年度に向けて、95%の義務教育教科書でデジタル教科書が作成されている。各教科書会社が生き残りのために、何としてもデジタル教科書をつくる必要があると判断した結果
●ところがこれも前述のように、実際の使用率は1割にも満たない=デジタル教科書制作のための投資が回収できていない。これに輪をかけて、文部科学省は各社に低廉に、具体的には紙の教科書と同程度の価格で、供給することを要請
●サーバーのメンテナンスにも、1年で数千万円から億単位の費用が掛かるとも言われている。この経費を回収して生き残ることも、教科書会社間の競争激化の要因となる

(2)教科書会社の淘汰と国家統制の強化か

●デジタル教科書の製造原価をどのように算出するかは、確かに難しい面があるが、文科省が言う「紙の教科書程度」では安すぎることは明らか
●デジタル教科書の制作と供給を断念する発行者が現れても不思議ではない。→教科書発行者の淘汰につながる深刻な事態となる
●それはデジタル教科書において、紙の教科書以上に国家統制が容易になることにもつながる

7.デジタル教科書に対するさしあたりの取り組み案

(1)デジタル教科書とは何かを知る

●まず何より、デジタル教科書にかかわる諸問題についての学習を広げ、広範な市民の間で合意を形成する取り組みを強めることが肝心
●デジタル教科書は教員の教育の自由を拡大するのかどうか:さまざまなことができ、教育内容を豊かにするように見えるが、本当にそうか。ソフトウェアとコンテンツの範囲内での自由(=実は制約されている)なのではないか。その制約をどう突破できるのか
●その際、著作権法との関係を意識しないと足をすくわれる危険もある。著作権法が改正され、被侵害者ではない第三者も著作権侵害を訴えることができる(この点は特に歴史教育で要注意だろう)

(2)子どもたちのメディア・インフォメーション・リテラシーを高める

●デジタル技術が社会に不可欠なものとなっている事実に鑑みれば、子どもたちがデジタル教科書を含めたデジタル・テクノロジーを活用する能力、特にメディア・インフォメーション・リテラシーを人権の一部と位置づける必要がある(UNESCO、 Media and Information Literacy Policy and Strategy Guidelines、 2014)。
●学習指導要領は、専らメディア・モラルの涵養を求めているが、私たちが求めるべきなのは、人権としてのメディア・インフォメーション・リテラシーだと言える。

(3)デジタル教科書を敵視しない

●教科書を敵視したり全面否定したりするのではなく、そのメリットとデメリットを的確に見きわめ、その可能性を引き出す。たとえば次のようなことを考える必要があるだろう
・デジタル教科書を使って、これまでできなかったような新たな学びをもたらす可能性を持っていること。
・特別な支援を必要とする子どもたちや、日本語を母語としていない外国にルーツを持つ子どもたちにとっても大きな意義を持つ可能性があること。

(4)子どもたちの健康への影響を検証させる

●子どもたちの健康、特に目への影響は未解明の部分も多いので、デジタル教科書の長時間使用などによる影響がないのか、医学的な検証を進めさせる(ブルーライトが有害だという言説がしばしば聞かれるが、いまのところそれは医学的に証明された事実ではない)。
・日本眼科医会など「小児のブルーライトカット眼鏡装用に対する慎重意見」
・日本眼科医会 乳幼児・学校保健担当「ICT 教育・GIGA スクール構想と眼科学校医の関わり ●眼科学校医が知っておくべき25のポイント◆」
●前提として、私たちの科学リテラシーを高めることも重要:「脳科学」と言われるものには怪しいものも多い。e.g. 川島隆太・東北大教授の「ゲーム脳」などの言説。民主的な研究者でも信奉者がいるので要注意

(5)学力格差拡大の道具にさせない

●文科省自身、ICT教育やデジタル教科書を巡って「誰一人取り残さない」とうたっている以上、憲法第26条に従って財政保障をきちんと行い、デバイスなどについて、高校も含めて国が全額保障するよう要求する。

(6)デジタル教科書を新たな教科書内容の統制や教科書発行者の淘汰に利用させない

●デジタル教科書への検定が行われる場合、新たな統制を許さない。また価格を抑制して教科書会社の淘汰に利用させない。
●デジタル教科書への対応:問題点は数多あるが、そこにだけ注目し批判するのではなく、学習用「ツール」として位置づける必要もある。e.g.「デジタル教科書の今後の在り方等に関する検討会議」が、「第一次報告」で「障害のある児童生徒や外国人児童生徒等への対応」を挙げている点は要注目。

【参考文献】

デジタル教科書の今後の在り方等に関する検討会議 議事録・配付資料(文部科学省Webサイト)
日本デジタル教科書学会HP(http://js-dt.jp/)
坂本・芳賀・豊福・今度・林『デジタル・シティズンシップ』大月書店、2021
佐藤 学『第四次産業革命と教育の未来』岩波ブックレット、2021
出版労連『教科書レポートNo.63』2020年9月30日
文部科学省「GIGAスクール構想の実現標準仕様書」2020年3月3日
公益財団法人教科書研究センター『海外教科書制度 調査研究報告書』2020年
経済産業省「未来の教室 Learning Innovation」Webサイト(https://www.learning-innovation.go.jp/)
新井紀子『教科書が読めない子どもたち』東洋経済新報社、2019
西田宗千佳『リアルタイムレポート デジタル教科書のゆくえ』TAC出版、2012

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